包括的なシリコン・ライフサイクル管理

デザイン最適化からフィールドでの予測分析まで、多くの強力な利点をもたらすシリコン・プラットフォームのライフサイクル管理とは

概要

世界の半導体業界はさまざまな面で成熟度を向上させ、量産デバイスの高性能化、低消費電力化、および低コスト化を進めてきました。しかしシリコンのライフサイクル管理はまだ整備されておらず、これまでエンドツーエンドのデータ中心型ソリューションの必要性や、その利点に関心が向けられることはほとんどありませんでした。しかし、こうした状況がようやく変わろうとしています。

 

世界的な半導体業界団体のSEMIによると、2019年に生産されたシリコン(太陽光パネル用ウェーハを除く)は延べ約110億平方インチに達します[1]。シリコン・デバイスは身の回りの至るところで利用されており、言うまでもなくビジネス、エンターテインメント、通信、健康、安全、自動運転車、セキュリティを支える重要な役割を果たしています。にもかかわらず、驚くべきことにチップのライフサイクル全体を管理する仕組みが存在しないか、存在したとしても体系的なものがほとんどないというのが半導体業界の現状です。データとクローズド・ループ・フィードバック・プロセスという、現在欠けている要素を導入することにより、デザイン最適化、市場投入までの期間短縮、フィールドでの故障予測、デバイスの長寿命化といった多くの利点が生まれるものと考えられます。これら利点の中でも、特にデバイスの長寿命化は、自動車開発や5Gインフラストラクチャなど製品寿命が10年をゆうに超えるようなアプリケーションで安全とセキュリティを確保する上でますます重要になっています。

 

ライフサイクル管理ソリューションを使用して高価値半導体の性能と信頼性を監視・維持することにより、自動運転車やクラウド・データセンターなどのクリティカルなアプリケーションに大きな利点がもたらされる可能性があります。このようなソリューションを導入すると、シリコンのライフサイクル全体を通じてデバイスの健全性データにアクセスし、ハードウェア・ベースの電子的メンテナンスを通じて品質とセキュリティの課題に対処できるようになります。半導体デバイスを詳細に可視化して制御することにより、性能、安全、セキュリティの向上が実現します。現在、一部の半導体設計サービス企業はチップ設計者が利用できる初期のソリューションを提供開始しており、より包括的なプラットフォームの開発も進められています。本稿では、まずシリコン・ライフサイクル管理(SLM)のコンセプトと利点について考察した後、完全なSLMプラットフォームの提供を開始したある企業の取り組みについて紹介します。

シリコン・ライフサイクル管理(SLM)とは

製品ライフサイクル管理(PLM)はもう何年も前から存在しており、多くの業界の企業が製品のエンジニアリングから運用までのライフサイクル全体に監視とフィードバックのクローズド・ループを組み込んでいます。Dassault、Autodesk、Siemens、SAPなどのソフトウェア・プロバイダが主導するこのプラクティスは、今では比較的成熟しています。PLMでは、製品ライフサイクル・イベント(納品、保守依頼、修理など)のデータベースを維持管理することが基盤となります。

 

これに対し、オンチップでのデータ収集およびモニタリングとオフラインのデータ・リポジトリおよび解析を組み合わせて実現するシリコン・ライフサイクル管理(SLM)はまだ登場したばかりです。SLMは、開発および運用フェーズ全体、すなわち設計から製造、テスト、ブリングアップを経てフィールドでの運用までをカバーすることを最終的なビジョンとしています。このライフサイクルの各フェーズで消費電力、プロセス、性能、温度、エラー・ログなどの情報を包括的なデータベースに追加し、このデータベースに基づいて分析を実行することにより、次のフェーズでの製品改良につなげます。

(提供: Moor Insights & Strategy)

図1: 主要な市場の要求とソリューション

デバイスの継続的管理を可能にするために、SLMプラットフォームにはデータ収集と詳細な分析という2つの機能が備わっています。

 

デバイスのデータ・フィード、テスト・システム、エンジニアリング・チームおよびカスタマーから入力されたデータはSLMデータベースに登録され、このデータを分析することにより、デザインのキャリブレーション、歩留まり向上の阻害要因の特定、製品品質の評価・改善、フィールドでの予知保全を可能にします。半導体メーカーとユーザーにとって、この「インフィールド」フェーズで得られる利点が最も大きなものになると考えられます。

 

ライフサイクル全体を通じたデータの活用は、まず設計者が特定用途のセンサーやモニターをチップに統合するところから始まります。回路のリアルタイム・キャリブレーションを目的としたPVT(プロセス、電圧、温度)などの個別センサーはかなり以前から使われていますが、それ以外にもさまざまなセンサーやモニターからの情報をSLMデータベースに入力して、オフチップ解析に使用します。当面、SLMは追加のロジックと分析機能への投資に見合うだけのリターンが期待できる高価値デバイスから適用が始まることになります。SLMでは、最初にセンサーとモニターをチップに埋め込む必要があるため、システム・オン・チップ(SoC)設計者が実装の成否の鍵を握ります。通常、センサーとモニターの実装に必要なダイ面積は小さく、PPA(消費電力、性能、面積)の指標にはほとんど影響しません。

 

たとえば、データセンターでは総保有コスト(TCO)を抑えることとサービス品質保証(SLA)に適合することが課題となるため、性能と消費電力の最適化が求められます。また、侵入検知およびセキュリティ管理もデータセンター事業者にとっては重要な要件です。先進運転支援システム(ADAS)や自動運転車などの高価値市場では、きわめて高い水準の安全、セキュリティ、信頼性が要求されます。これらの環境では、予知保全と性能モニタリングが半導体メーカー、半導体ユーザー、そしてエンドユーザーに非常に大きな価値をもたらします。

SLMテクノロジおよびサービスの業界全体での推定年間売上高 (提供: シノプシス)

図2: SLMの推定市場規模

電子設計自動化(EDA)ソフトウェアおよびサービスのリーディング・プロバイダであるシノプシスは、これまで見た中で最も包括的なSLMプラットフォームを発表しています。そしてこのたび、同社からSLM市場規模に関する社内予測データの提供を受けました。タイムフレームにもよりますが、この予測はやや低く見積もっているように思われます。EDAベンダーおよびその顧客企業にとって最も市場規模が大きいと見られるのがインフィールド・サービスおよび最適化分析で、これは特にデータセンターおよび自動車サプライヤに大きな価値をもたらします。図2は、SLM製品/テクノロジのカテゴリ別の年間売上高に関するシノプシスの予測を示したもので、インフィールド最適化が他のカテゴリを大きく引き離しています。

(提供: Moor Insights & Strategy)

図3: シリコン管理のバリュー・チェーン

SLMの潜在的な利点

図3は、高価値半導体のライフサイクルのバリュー・チェーン全体におけるユーザーと利点をまとめたものです。SLMの分析機能を使用することで、デザイン・キャリブレーションの改善、短期間での歩留まり向上、テスト時間と市場投入までの期間の短縮、そして最も重要な点として、フィールドでの故障や劣化の予測が可能になります。フィールドでの品質保証およびメンテナンスに対するニーズの高まりが、SLMへの需要を後押ししています。フィールドでは、単なる障害予測分析にとどまらず、多数のデバイスからの監視データに基づいてファームウェア/ソフトウェア・アップデートによる継続的最適化を実施し、製品仕様に基づく動作を維持したり、あるいは製品仕様そのものを改善したりすることが求められるようになっています。

 

デバイスの経年劣化の影響や新しいセキュリティ脅威をハードウェア・レベルで特定し、シリコン・デバイスを交換することなくフィールドで問題を解決することもできます。

 

こうした潜在的な利点を実現するには、システム・アーキテクトとSoCアーキテクト、および経営幹部がリーダーシップをとり、製品に対するSLMのビジョンを支持し、エンドユーザーが必要とするサービスを定義する必要があります。一般的なSoCの設計指標である「性能、消費電力、面積(PPA)」に「マネージャビリティ(管理容易性)」を加え、このコンセプトを製品ライフサイクル全体にわたってチームが推進していく必要があります。

シノプシスのSLMプラットフォーム

ここまでは、SLMに求められる要件と利点について説明しました。次に、SLMの潜在的な利点を現実のものにする実際のプラットフォームを紹介します。シノプシスは、バリュー・チェーン全体をカバーしたSLMプラットフォームの提供を通じ、ライフサイクル全体でのデータ活用を支援することがようやく現実的になったと判断しています。データセンターおよび自動車分野では、安全とセキュリティを確保する上でシリコンの信頼性がきわめて重要になっており、フィールドでの故障がこれまで以上に許されなくなっていると同社は指摘しています。

 

図4は、シノプシスのSLMプラットフォームをまとめたものです。このプラットフォームはセンサーおよびモニターが基盤となっており、ここで収集したデータがデータベースおよび分析プラットフォームに渡されます。シノプシスは先ごろ、SLM開発を加速するためにPVTセンサーを専業とするインチップ・モニタリング技術のリーディング・プロバイダであるMoortecを買収しました。

シノプシスのSLMプラットフォームは、ハードウェア・モニター、学習エンジン、製品データベース、および4つの分析エンジン(現時点で利用可能なのは3つ)で構成されます。(提供:シノプシス)

図4: シノプシスのシリコン・ライフサイクル管理プラットフォーム

センサーおよびモニターからのデータは、2つの適応学習エンジンに渡されます。1つはテスト装置用のTestMAX ALEで、こちらは既に提供を開始しています。もう1つは今後提供が予定されているエンベデッド学習エンジンで、ターゲット・システム・ソフトウェアはこのエンジンを使用してその場でシステム・レベルの解析を実行します。

 

これら2つのエンジンの出力がSLMデータベースに送られ、製品ライフサイクルの4つのフェーズにそれぞれ対応した各分析エンジンがこのデータを利用します。これら分析エンジンのうち3つ(設計フェーズ、製造フェーズ、テスト・フェーズ用)は既に提供が開始しており、もう1つの予知保全エンジンは現在開発中です。現在提供中のモジュールだけでも既に大きな価値を実現していますが、予知保全エンジンの提供が始まれば、その価値は更に高まるものと考えられます。

 

シノプシスのSLMデータベースは拡張可能で、ユーザーが独自のIPやテクノロジ、手法を追加することにより、カスタマイズした価値を手にすることができます。当然、SLMデータベースの内容は開発企業の知的財産として扱われ、シノプシスと共有する必要はありません。

 

設計チームは、設計フェーズを開始する前にSLMを考慮し、ライフサイクルの全フェーズにわたる管理を実現するのに必要な目標と戦術を決定し、SLMについての計画を立てる必要があります。チーム間の連携をとって成功を確かなものにするには、SLMのコンセプトに対する上層幹部の賛同を得ることが非常に重要になってきます。

 

シノプシスのSLMはこれまで見た中で最も包括的なソリューションの1つであると思われますが、この分野に参入している企業は他にもあり、特定課題への対処に特化したプラットフォームがいくつか提供されています。たとえばProteanTecsはデザイン最適化に特化したプラットフォームを提供している他、Mentor/Siemensは同社のTessent製品スイートに埋め込み型の機能モニタリング/解析テクノロジを追加すべく、2020年にUltraSoCを買収しています。

まとめと推奨事項

SLMは、半導体の設計から運用までライフサイクル全体にわたって品質とメンテナンスを改善するための新しい基盤となるものです。オンチップ・モニターおよびセンサーからのデータを解析し、シリコン・ライフサイクルのすべてのフェーズを最適化するというクローズド・ループを実現することにより、新しいチップ設計プロセスとメンテナンス・モデルが生まれます。

 

製品設計にSLMを取り入れることに対して設計チームに適切な危機感を抱いてもらうには、IC業界リーダーがSLMという新しい概念の価値、利点、手法を理解する必要があります。EDAベンダーは、SLMの実現に必要なノウハウ、データ・コレクター、分析機能、およびモニターを提供できる立場にあるため、SLM推進の旗振り役として適任と考えられます。今後は、他のEDAベンダーもシノプシスに追随して同等のSLMソリューションを開発してくるでしょう。そうなれば、業界全体でSLMに対する注目度が高まり、アーリー・アダプターによる導入が進むと考えられます。

 

SLMの未来像は今、ようやく形になり始めています。経営幹部と設計チームがSLMの概念を積極的に支持する企業も現れており、まずはこうしたアーリー・アダプターがSLMアプリケーションの利点を最初に享受することになります。SLMプラットフォームはまだ開発途上ではありますが、基盤となる要素は既に提供が開始されており、分析プラットフォームも整備されつつあるため、今こそ導入の時と言えます。

 

高価値シリコン・デバイスの市場では、SLMの導入が今後急速に大きな業界トレンドになるであろうというのが、本稿の結論です。

本書に関する重要事項

執筆者

Karl Freund:Moor Insights & Strategy 機械学習/HPC担当シニア・アナリスト

 

発行者

Patrick Moorhead:Moor Insights & Strategy 創業社長、プリンシパル・アナリスト

 

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