メタレンズとは、メタアトムと呼ばれるサブ波長構造を配列することにより、集光等、任意の性能を有するメタサーフェスです。従来の光学レンズと置き換えることで、薄型でフラットな表面による省スペース化などのメリットがあります[*1]。シノプシスは、この新しい技術革新をMetaOptic Designerによって実現します。MetaOptic Designerは、ユーザーが指定した条件を取り込み、最適な性能のメタレンズ/メタサーフェスを生成することのできる前例のない逆設計ツールです。通常、メタレンズの設計には、専門的な知識やノウハウが必要ですが、MetaOptic Designerを使用することにより、これらの軽減や設計サイクルの短縮、コストの削減が見込めます。
メタレンズは通常、メタアトムと呼ばれる数百万のサブ波長単位セルから構成され、メタサーフェス全体にわたって部分的かつコヒーレントに光を変調します。各メタアトムの形状やサイズは、メタレンズの全体的な性能に基づいて部分的に決定されます。数百万もの変数を持つこのようなメタレンズの設計は、非常に困難な課題となっています。Federico Capasso教授のグループ[*2]で紹介されているように、メタレンズの設計は従来、手動によって行われており、豊富な設計経験と基礎物理学への深い理解が必要です。図1[*3]ではその手動でのメタレンズ設計のフローを示しています。
図1:メタレンズ手動設計フロー
手動による設計アプローチは、あらかじめ定義された位相プロファイルに依存していますが、メタアトムの伝達係数は波長、入射角度、偏光によって変化するため、一定の入射条件に対してのみ有効となります。したがって、特定の入射条件で最適化された位相プロファイルは、他の入射条件に対しては有効ではありません。その結果、広いスペクトル範囲に対応するアクロマティックレンズや広い入射角度に対応する広視野角レンズ(FOV)など、複数の機能を持つメタレンズを設計することは非常に困難です。
手動によるメタレンズ設計アプローチの限界に対処するため、逆設計機能を備えた自動化フローを開発する取り組みが世界中で進められています。ある研究グループは、連鎖したメタサーフェス[*4]や大型メタレンズ[*5]に適用するための逆設計アルゴリズムについて発表しています。学会で開発されたアルゴリズムは、多くの場合、社内や開発者が特定の用途のために使用しています。このようなツールがあれば、あらゆるレベルの専門知識を持つエンジニアがメタレンズシステムを迅速かつ容易に設計できるようになります。
このニーズに応えるため、シノプシスはMetaOptic Designerを開発しました。MetaOptic Designerは、逆設計機能[*6]を有するメタオプティクス向け初の完全自動化された市販ツールです。最適化アルゴリズムは、数百万の設計変数を容易に扱うことができ、よく知られているアドジョイント法を採用しています。
MetaOptic Designerの前方伝搬では、均質な媒質において正確かつ効率的であるフーリエ変換法(角スペクトル法)が用いられています。各メタアトムの伝達関数は、シノプシス製品であるFullWAVE™ FDTD [*7]を使用した有限差分時間領域(FDTD)法、またはDiffractMOD™ RCWA [*8]を使用した厳密結合波解析(RCWA)によって構築されたパラメトリックな双方向散乱分布関数(BSDF)データベースで特徴付けられます。RCWAは、ほとんどのメタアトムに対して、FDTDよりも約100倍高速に解析でき、精度も同程度となります。
図2に示すように、MetaOptic Designerでは、設計者が簡単な入力をするだけで、希望するターゲットに基づいて最高の性能を達成するようにメタレンズシステムを最適化します。
図2:MetaOptic Designerのワークフロー
MetaOptic Designerでは以下の情報を入力します。
MetaOptic Designerの出力には、集光効率やメタレンズ設計最適化などの性能指標や製造用のGDSファイル、さらなるシミュレーション用のRSoft™ CADファイルが含まれます。
また、MetaOptic Designerはメタレンズシステムに屈折レンズを含めることも可能です。屈折レンズは非球面係数で指定するか、光学設計解析ソフトウェア CODE Vで生成したファイルからインポートすることができます。
また、MetaOptic Designerは、最適化された際の動作条件以外での条件における、既存製品の性能評価にも使用することができます。この既存製品の設計は、さらなる最適化のための初期条件として使用することもできます。
以下に示す具体例のように、MetaOptic Designerはアクロマティックイメージングや大きなFOVイメージング、偏光コンバータや偏光スプリッタ、収差補正など多くの用途に使用できます。
イメージング・システム用のアクロマティック・メタレンズの設計は、多くの研究者が注目している難題です。位相プロファイルと分散プロファイルの両方を制御する設計がいくつか報告されていますが、これらの設計には豊富な設計知識が必要となります[*9]。MetaOptic Designerでは、設計タスクを簡素化し、設計者は入力と希望するターゲットを指定するだけでよくなります。そして、その指定された範囲内で最適化された解を返します。図3(a)に示すように、アクロマティックレンズでは、RGBの3色の入力はすべて、メタサーフェス後の同じスポットに焦点を合わせます。図3(b)は、入力と希望するターゲットをスクリプト化したものです。MetaOptic Designerは、図3(c)に示すあらかじめ定義された(パラメータ化された)TiO2メタアトムを使用して、6コアのコンピュータで数秒以内に図3(d)に示すような最適化されたレイアウトを生成します。
図3:(a) アクロマティックレンズの概略図、(b) 指定された設計ターゲット、(c) 使用されたメタアトムの概略図、
(d) 最適化されたメタレンズのレイアウト
光軸に沿って最適化されたメタレンズのシミュレーション結果を図4(a)に示します。RGBの入力はすべてほぼ同じ焦点面に集光しています。絶対集光効率(エアリーディスクの直径の2倍の円内に集光された入射パワーの量として定義)は、RGBでそれぞれ 35%、28%、32% となっています。TiO2メタアトムが使用されているため、このメタレンズは強い反射を受け、RGBに対して66%、58%、44%のパワーしか透過しません。これは直径わずか20μmの小さなレンズであるため、より大きなレンズでは焦点が合うはずです。
図4:(a) MetaOptic Designerによる最適化結果、(b) FDTDシミュレーションによる検証結果
小型のレンズを使用する理由としては、FDTDを使用したMetaOptic Designerの結果の検証で扱いやすくするためです。FDTDでは、1回のシミュレーションに約100GBのRAMと16コアのコンピュータで約4時間を要します。図4(a)と(b)に示すように、MetaOptic Designerにおいて、集光パターンと集光効率の両方について、FDTDと非常に近い計算結果を得ることができています。
広視野(Large FOV)はメタレンズ設計のもう一つの難題です [*10]。メタレンズが大きなFOVで確実に機能するためには、設計に関する豊富な専門知識が必要になりますが、MetaOptic Designerではこのプロセスをはるかに容易にします。設計者は入射角度に対応するシフトされた焦点位置を指定するだけで、6コアのコンピュータで約1分間で最適化されたレイアウトを得ることができます。
図5:(a) 広視野角メタレンズの概略図、(b) 指定された設計ターゲット、(c) 最適化されたメタレンズのレイアウト
図6に示すMetaOptic Designerによる最適化結果は、メタレンズが広い角度範囲にわたって入射光を像面に集光することを明確に示しています。この設計には、10度間隔で9つの離散的なターゲット角度が含まれています。ここでは、0度、40度、80度の結果を示しています。
図6:MetaOptic Designerによる最適化結果
40μm×40μmの小さなメタレンズを使ってFDTDによる結果を検証しましたが、この場合、各シミュレーションにはRAM250GB、16コアのコンピュータで13時間かかります。最適化されたメタレンズは9つの入射角すべてに対してシミュレーションされ、図7に示す結果は図6に示すMetaOptic Designerの結果に非常に近いものになります。
図7:FDTDシミュレーションによる検証結果
結像レンズにとって、大きなFOVとアクロマティシティは重要な特性です。図5(a)に示すメタアトムを用いた単一のメタレンズでは、この両方を達成することは非常に困難です。しかし、2つのメタサーフェスを持つメタレンズであれば、大きなFOVとアクロマティシティを両立させることができます [*11]。
多層メタレンズの設計は技術的に難しいとされますが、MetaOptic Designer はこのプロセスを容易にすることができます。多層メタサーフェス・アプリケーションに対するこのツールの性能を実証するために、図8(b)に示すように、直径 40μm の小さなメタレンズを選択しました。この場合、FDTDシミュレーションは一般的に利用可能なコンピュータで実行可能です。どちらのメタサーフェスも、厚さ 5μm の SiO2 基板に配置された Si3N4のメタアトムで構成されています。
図8:(a)メタアトムとパラメータ、(b)レンズ構成とパラメータ、(c)最適化された第1メタサーフェス、(d)最適化された第2メタサーフェス
合計12ケース(3つの波長×4つの入射角:0度, 10度, 20度, 30度)の場合、MetaOptic Designerは6コアのコンピュータで、図8(c)と(d)にそれぞれ示す両方のメタサーフェスの最適設計とレイアウトを出力するのに12分かかります。0度と30度で最適化された結果を、希望する焦点位置の周りに拡大したものを図9に示します。垂直と傾斜の両方のケースで、RGB入力が希望する位置に焦点を結ぶことが明確に示されています。
図9:0度と30度の入射光に対する最適化結果
複数のカスケード・メタサーフェスに対するMetaOptic Designerの結果を検証するために,上記の6つのケースについて最適化されたメタレンズのFDTDシミュレーションを行いました。図10に示すシミュレーション結果は、FDTDシミュレーション結果がMetaOptic Designerの結果に非常に近いことを示しています。これは、MetaOptic Designerが多層メタレンズに対して信頼性の高い結果を生成できることを示しています。
これまで紹介したメタレンズの例は、FDTDによる検証を可能にするために非常に小規模なものであり、実際には多くのコンピュータを必要とします。上記の多層の例では、1つのケースのみに対して、RAM 500GB、16コアのコンピュータで33時間かかるため、上記の6つのケースをクラウドベースのネットワークで完了するには約2週間がかかります。
図10: 0度と30度の入射光に対する最適化されたメタレンズのFDTDシミュレーション結果
最近の研究では、ナノフィンの幅と長さという2つの設計変数を持つ単一のメタサーフェスで、大きなFOVとアクロマティックな性能を達成できることが示されています[*12]。MetaOptic Designerが複数の設計変数を扱えることを実証するため、参考文献[*12]のメタアトムを使用したメタレンズを作成し、図11(a)に示します。参考文献と同じ設計仕様を用いて、図11(b)に示す最適化されたレイアウトが得られました。最適化結果を図11(c)~(f)に示します。直径240μmのメタレンズの場合、6コアのコンピュータでは、2つの波長と0度から40度まで10度間隔の5つの入射角で10個の設計ケースを使用し、約4時間かかります。
図11:(a)羽根付きメタアトム、(b)最適化されたレイアウト、(c)~(f)波長と入射角の異なる焦点スポットの拡大図
参考文献で観察されたものと同様に、設計されたメタレンズは、異なる入射角度であっても、2つの異なる波長の光を同じスポットに集光します。このことは、MetaOptic Designerが複数の設計変数に基づくメタレンズにも使用できることを示しています。
前の例で示したように、複数の設計変数を使用することで、所望の性能を達成するための自由度が増します。ナノフィンの幅と長さを変えることで、メタアトムは位相遅延に加えて複屈折も作り出します。そして、メタサーフェス全体にわたってナノフィンの幅と長さを最適化することで、メタレンズは図12に示すように、2つの直交する偏光を分割し、異なる位置に集光することができます。矢印の大きさと方向は、それぞれの位置での電界強度と偏光方向を示します。
図12:(a)ナノフィン型メタアトムを用いた最適化メタレンズ、(b)異なる偏光での入力、(c)異なる焦点位置
メタレンズは、画像を表示するホログラムとして使用できます。MetaOptic Designerでホログラムをデザインするには、図13に示すように、設計者はデフォルトのエアリーディスクを希望の画像に変更することができます。
図13:(a) 目標画像 (b) 最適化された結果 (c) 最適化されたレイアウト
放射状の対称性を持つ結像レンズとは異なり、ホログラフィック・メタレンズは通常ターゲット像が対称性を有しません。
先に述べたように、ナノフィン型メタアトムは偏光依存性があり、2つの直線偏光間の位相差はPancharatnam-Berry位相、または幾何学的位相と呼ばれます。位相差が180度に保たれている場合、右回りの円偏光(RCP)の入射光は左回りの円偏光(LCP)に変化し、その逆もまた同様です。各メタアトムのフィンを回転させることによって達成され、メタサーフェス上の適切な幾何学的位相プロファイルにより、メタレンズは、異なる円偏光の入射光に対して異なる画像を表示することができます[*13]。
このような用途に適した幾何学的位相プロファイルを決定するためには、通常、豊富な設計知識と手間がかかります。MetaOptic Designerを使うことで、この複雑な設計が容易にできるようになります[*14]。図14に示すように、メタサーフェス全体にわたって各ナノフィンの回転角度を最適化することで、左右の円偏光に対して、望み通りの異なる画像を形成することができます。矢印付きの円は偏光状態と偏光方向を示します。さらに、必要に応じてこれらの画像を異なる位置に形成することもできます。
図14:円偏光によって異なる画像を表示するキラルホログラム
現在、光学系において屈折レンズを完全にメタレンズに置き換えることは難しいです。一方でメタレンズと屈折レンズの組み合わせは有効な解決策であり、サムスン社が発表した携帯電話用カメラレンズ[*15]や、LG社が発表した自動運転車用カメラレンズ[*16]に採用されています。したがって、メタレンズと屈折レンズの両方からなるハイブリッド光学系を扱える設計ツールが必要です。しかし、このようなハイブリッド・ツールを開発することは非常に困難です。なぜならば、かさばる屈折レンズは幾何光学に基づく光線追跡によって設計されるのに対し、ナノスケールのメタレンズは電磁光学に基づく厳密な電磁ソルバーによってモデル化されるからです。
シノプシスは、光線光学と波動光学の両方に対応する最先端の設計ツールを提供しており、メタレンズと屈折レンズを組み合わせた光学系をモデリングするために、2つの光学領域をシームレスにインターフェイスする独自の技術を開発しています。
それにより、メタレンズと屈折レンズを組み合わせた光学系をモデル化することができます。CODE V [*17]で設計した屈折レンズを直接MetaOptic Designerに取り込み、メタレンズをハイブリッド・レンズ・システム内で最適化することができます。
図15(a)の光線追跡結果は、単純な球面レンズでは可視スペクトル全体にわたってうまく集光できないことを示しています。物理光学に基づくCODE Vのビーム合成伝搬(BSP)[*18]でも、図15(b)に示すようなディフェージング現象が見られます。
MetaOptic Designerに屈折レンズを取り込み評価すると、図15(c)のように収差が確認できます。メタコレクタと呼ばれるメタサーフェスをシステムに追加し、MetaOptic Designerで最適化します。最適化された結果、図15(d)に示すように、光は目的の位置に集光されます。
図15:(a)CODE Vで設計された屈折レンズ(レイトレーシングを使用);
(b)屈折レンズのCODE V BSPシミュレーション結果;
(c)屈折レンズのMetaOptic Designerシミュレーション結果;
(d)屈折レンズとメタコレクタの組み合わせのMetaOptic Designerシミュレーション結果;
(e)メタコレクタの有無によるシミュレーション結果の比較
図15(e)は、メタコレクタを使用した場合と使用しなかった場合の結果の比較です。メタコレクタは、色収差と球面収差を大幅に減少させることができます。また、図16に示すように、焦点面周辺のフィールドの拡大プロットから、画質の改善をより視覚的に見ることができます。
図16:メタコレクタを使用した場合と使用しなかった場合の焦点位置の比較
MetaOptic Designerの屈折レンズの取り扱いは、CODE Vでの光線追跡とBSPを用いて検証されています。BSPは ビームレットベースの物理光学アルゴリズムで、特に回折とコヒーレンス効果を持つ小さなレンズでは、光線追跡よりも正確です。3つの手法とも焦点距離については一致していますが、BSPとMetaOptic Designerは、焦点位置における強度プロファイルの形状についても酷似しています。
MetaOptic Designerは、逆設計機能を備えた業界初のメタオプティクス用完全自動設計ツールです。MetaOptic Designerは、いくつかの基本的な入力と目的のターゲットパターンが与えられると、最適化された設計を生成します。厳密なFDTDによって検証されたMetaOptic Designerは、高速かつ正確なツールであり、製造用の信頼性の高いGDSファイルを作成することができます。内蔵のインテリジェンスによりMetaOptic Designerは、メタレンズ設計をより迅速かつ容易にし、生産性を高め、設計コストを削減し、市場投入までの時間を短縮します。