著者:日本シノプシス合同会社 

 アプリケーション エンジニアリング シニア マネージャー

 大竹 基之

公開日:2023年12月28日

ここまで、シングルレンズダブレットレンズについてお話しました。

シングルレンズは1枚の正レンズで構成され、球面収差も軸上色収差も補正できませんでした。ダブレットレンズは1枚の正レンズと1枚の負レンズで構成され、球面収差と軸上色収差は補正できましたが、軸外収差の補正が行えませんでした。このため、シングルレンズやダブレットレンズは利用できる用途が限られていました。例えば、メガネレンズはレンズが瞳径よりかなり大きくて球面収差の発生が少ないので、実用化できています。1980年代後半から90年代に発売されたレンズ付きフィルムのレンズはシングルレンズで構成されますが、非球面を導入することで球面収差を補正しました。軸上色収差はF値を暗くすることで色ズレが目立たないように工夫しています。更に、フィルムを長手方向にカールさせることで像面湾曲を補正させていました。ダブレットレンズは望遠鏡や顕微鏡の接眼レンズに用いられることが多いですが、軸上光線が細いことを活用して、ダブレットレンズを軸外収差補正用に切替えたものです。

今日はトリプレットレンズについてお話したいと思いますが、トリプレットレンズは軸上収差と軸外収差を同時に補正でき、カメラレンズとしても使える点がダブレットレンズとは大きく異なります。

ですので、シングルレンズやダブレットレンズとは変えて、具体的な光学設計について紹介していきたいと思います。

トリプレットレンズの構成

トリプレットレンズは正レンズ、負レンズ、正レンズの3枚のレンズで構成されます。そして、開口絞りは負レンズの近くに配置されます。両サイドに正レンズが配置され、中央に負レンズが置かれるため、屈折力配置が対称に近く、対称型のレンズと呼ばれます。特に、開口絞りを負レンズ近くに置くことにより、歪曲収差、倍率色収差の発生が少ない特徴があります。また、2枚の正レンズはレンズ径を使ってコマフレアをカットする役割を持っています。2枚の正レンズはレンズ径を使ってコマフレアーをカットします。物体側の正レンズは下側光線、像側の正レンズは上側光線をカットします。

triplet-example

今回は次の光学仕様でのレンズを光学設計したいと思います。

レンズ仕様
焦点距離:200mm
Fナンバー: F4
後焦点距離:38.5mm以上(カメラ本体のマウント制約)

光学設計とは?

光学設計とは光学性能や大きさ、重さ、価格等の仕様に合わせた光学系を生み出すことです。特に目標の光学性能を満たしながら、大きさや価格などのバランスを図る際にノウハウやテクニックが求められます。進め方は設計者に任される訳ですが、光学設計では必ず光学性能を高めることを優先して、その後に大きさや価格を目標に加えることをお勧めします。それは大きさや価格を優先した場合に光学性能を高められる解が存在しない場合があるからです。

さて、光学設計では自動設計が多く用いられますが、今回は光学性能を高める作業を詳しく知って頂くために、マニュアル光学設計から紹介します。その後で、自動設計を2段階に分けて紹介します。

1.  初期レンズデータを作成します
2.  マニュアル光学設計: 多くの収差を補正するためにパラメータを修正していきます
3A.  自動設計1:パワー配置を維持したまま、球面収差と正弦条件を補正することに集中します
(ペッツバール和と歪曲収差はほぼ補正)

3B.  詳細設計2:屈折力配置や硝材も含めて最適化します

今は多くの光学設計者の方がいきなり全部をパラメータとしてフリーに変化させていると思います。ですが、そのレンズタイプやズームタイプの特徴を知っている場合は良いですが、何も知らずにいきなり自動設計を動かしますと、思わぬ方向に進むことも多いです。ですので、光学系の特徴を知ることも大切にして頂きたいと思っています。

レンズの初期データを作る前の骨組み作り

まず、初期レンズデータは特許データを用いることもできますが、ここでは何もない状態から進めたいと思います。

計算を分かりやすくするために、今回はこんな骨組み(屈折力配置)を提案させて頂きます。

1. G1からG3の各レンズの焦点距離:  +100mm, -50mm, +100mm

2. G1-G2の空気間隔: 50mm

3. G2-G3の空気間隔: 50mm

これはあくまでも初期検討を計算しやすくするためのものです。是非、実際に試そうという時は各レンズの焦点距離や空気間隔のパラメータを動かしてご検討頂いた方が良いと思います。

※ガラス材料はd線屈折率がほぼ同じとなり、G1とG3は同じ低分散材料、G2は高分散材料を選んでみます。

※各レンズの中心厚はコバ厚を見ながら設定してください。焦点距離200㎜、口径比F4ですと、軸上光線径は半径25㎜となります。おおよそですが、G1とG3は約12㎜程度、G2は約2㎜がお勧めとして記入しました。

初期データはできるだけシンプルに

上の骨組みを具体的なレンズ形状にしていきます。上記に設定した意味も含めて書いていきますね。

  • 3枚のレンズG1、G2、G3の屈折力比率を2:ー1:2、ガラス材料はG1とG3が低分散、G2が高分散で、3枚を同じ程度の屈折率を同じにすることでペッツバール和はゼロ付近となって、像面湾曲がコントロールしやすくなります。
  • 開口絞りはG2の像側に配置します。こうすることで、G2で発生する軸外収差が減らせます。
  • G1とG2の間の空気間隔は焦点距離G1の半分にします。この結果、G1とG2の合成屈折力はゼロになります。
  • G2とG3の間の空気間隔はG1とG2の合成屈折力がゼロなので、間隔を変えることで像面湾曲が制御できます。 
  • 初めはG1R2面、G2R2面、G3R1面が平面となるようにすることで検討を簡単にしておきます。

ここまで書いてきますと、理論的で簡単に見えますが、そんなに簡単でないことが次の光路図から分かって頂けるかと思います。今回はこのレンズデータを初期として、最適化機能を使わずにマニュアルで光学設計をしてみます。

 

【レンズデータ】

曲率半径

面間隔

硝材

屈折率(d線)

1

60.3113

12

BaCD14

1.603111

2

1e20

50

 

1

3

-30.171

2

E-F5

1.60342

4

1e20

0

 

1

5(絞り)

1e20

50

 

1

6

1e20

12

BaCD14

1.60342

7

-60.3113

69.25596

 

1

【断面図】

triplet-fig-a

初めに傾向を知る

実は各レンズの焦点距離や空気間隔を固定した状態でマニュアル光学設計する場合、動かせるのはG1、G2、G3の片方の曲率半径だけです。3つしか動かせない中で、上手なバランスを試して下さい。

  • ここでは各レンズの焦点距離を事前に決めていますが、できるだけ各レンズの屈折力は弱くすることをお勧めします。その理由はG1、G3を通過する高さが光軸から遠くなり、コマフレアが強く発生するからです。一方で各レンズの屈折力を弱くしますと、光学全長が長くなる点が課題です。 
  • G2のベンディング形状を変化させますと球面収差が変化します。これは開口絞りがG2の近くに配置されるからです。
  • G1とG3のベンディング形状を変えますと球面収差と正弦条件が変化します。G1とG3は球面収差の変化に対する正弦条件のプラスマイナス符号が異なります。
  • 最終的な各レンズの焦点距離やガラス材料は、初期データとは随分離れていきます。ですから、マニュアル光学設計はあくまでも試して学んでみる目的です。

基本は上に書きました変化の仕方を確認する形ですが、実際の光路図で確認できると理解しやすくなるかと思います。本当は光路図から収差図やMTFを想像することが大切です。ここについても別枠で紹介していきたいと思います。

1. G1のベンディング形状変更 (G1R1面を60.3113→70)

初期の断面図と比較して、球面収差がほとんど変わらずに像面湾曲がマイナス、上側光線のコマ収差が増大しています。

triplet-fig-b

2. G2のベンディング形状変更 (G2R1面を-30.171→-40)

像面湾曲の変化は少なく、球面収差が変化します。ただし、正弦条件は変化するので、コマ収差は変化します。

tirplet-fig-c

3. G3のベンディング形状変更 (G3R2面を-60.3113→-70)

こちらはG1より球面収差の変化が少なく、像面湾曲が変化します。主光線の通過がG1は光軸より下側ですが、G3は光軸より上側となるため、形状変化による作用が異なります。また、軸上光束の通過幅がG1よりG3で細いため、形状変化に伴う球面収差の変化はG1よりG3の方が小さくなります。

tirplet-fig-d

マニュアル光学設計を進める上でのコツ

もっと早い段階でお知らせすべきだったかもしれませんが、初期状態で球面収差をほぼゼロにしておきますと、収差の変化量も分かりやすくなります。

上記①~③の中で素性が良さそうな③を基準にして、G2形状をベンディングさせて球面収差をほぼゼロにします。

【レンズデータ】

斜体文字部が初期状態から変わった箇所です。

曲率半径

面間隔

硝材

屈折率(d線)

1

60.3113

12

BaCD14

1.603111

2

1e20

50

 

1

3

-36

2

E-F5

1.60342

4

190.2324

0

 

1

5(絞り)

1e20

50

 

1

6

231.2273

12

BaCD14

1.60342

7

-80

69.25596

 

1

【断面図】

triplet-fig-e

この球面収差ゼロを起点にして、変化させていきますと、設計が進めやすくなります。この時、1か所のベンディング形状だけを変化させますと球面収差が変化してしまうので、2か所のベンディング形状を変化させて像面湾曲やコマ収差を動かしていきます。

今回のまとめ

今回はここまでとさせて頂きます。自動設計を使った場合については、次回に紹介します。時間を掛ければ、マニュアル光学設計でも進めることは可能ですが、短い時間で良い結果を得るには自動設計を活用した方が便利です。しかし、例えば、今回、書かせて頂きましたような、光線高さや光線幅が収差量の変化と関連していることは知っているか、知らないかで光学設計自体の幅が変わりますし、不良解析などでも原因特定の速さに違いが出てきます。

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