著者:日本シノプシス オプティカルソシューション アプリケーションエンジニア A君改めT君
公開日:2024年2月9日
日本シノプシスに所属しているCODE Vアプリケーションエンジニアによる連載コラムです。
以前に執筆者がC社にて連載していた「A君のレンズ設計者物語」の続編となります。
本編も読みやすく、わかりやすく、親しみやすくを心がけて執筆していきます。
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【登場人物】
博士:CODE Vについても造詣が深くT君も知らない裏技的なことを時々教えてくれる収差論の大家
T君:CODE Vの機能は十二分に使いこなせるが、その分、理論的な部分を軽くみている若手技術者
ご感想、ご質問等がありましたらお気軽にこちらまでお願いします。
それでは連載の第1回目を始めていきます。
第1回は「張り合わせレンズでBetter Halfとは?」ということで異なる硝材を組み合わせると色収差を補正することができますが、球面収差やコマ収差の状況は異なるため、どんな組み合わせでも良いわけではありません。T君がCODE Vを使って最適な組み合わせを探ります。
T君:「博士!聞きましたか?この連載がまた始まるそうですよ!なんかだいぶ前にも同じことを言ったような気もしますが・・・」
博士:「Hi, Mr.T! Long time no see!」
T君:「なんですか?急に英語なんて・・・あれ?僕の名前がAじゃなくてTになってる!」
博士:「連載場所がSynopsysに移ったからな。First Nameで呼ぶことにしたのじゃ。さて、最近の話題と言えば、ChatGPTじゃな。」
T君:「僕も質問してみましたよ!」
図1:ChatGPTとのやりとり
T君:「こんなこと言ってますけど、軸上色収差は非球面を使っても補正できないですよね?」
博士:「ChatGPTは過去に学んだことから類推して答えるだけだから、誤ったことをさも真実のように回答することもあるので注意が必要じゃ。
さて、この連載では、
『本ではこう書かれているけど本当なの』『どうやったらCODE Vで確かめられるの』とか、
CODE Vの効果的な使い方などを紹介していこうと思っているのじゃ。
開始するにあたって、まずは宣伝から始めたいのじゃ。不定期で開催している”手と頭とCODE Vを使うワークショップ”の内容から抜粋して紹介するのじゃ。」
T君:「このワークショップでは、最適化に頼りっぱなしの設計ではなく、収差論的にどうなのか?ということを学んだり、収差論でも扱うのが難しい場合には、CODE Vの最適化などの機能を最大限に利用するということを学べるんですね。」
博士:「ところで、最適化と言えばローカル最適化、ローカル最適化と言えばローカルミニマム、という具合によっぽど単調な解空間以外では、局所解へ陥ることは避けられないのじゃ。たとえば、色収差を補正するために最低限必要な2枚構成のレンズ系であっても最適化する開始時点のレンズデータとしては、なるべく素性の良いものを使うのが望ましいのじゃ。」
T君:「その"素性の良いもの”というのが曲者なんですよ。一体、レンズの何処を見れば分かるんですかね?」
博士:「レンズの収差補正や評価方法にも依存するため、”この数値で判断できます!”といったことは言えないので、色々な側面からそれを考えて行く必要があるのじゃ。それもこの連載の目的の一つじゃ。」
T君:「なるほど。じゃあ今回の内容は、ChatGPTが回答した”非球面で補正可能な色収差”を考えましょうよ。」
博士:「"一般的に"色収差を補正するためには、非球面ではなく2種類の異なる材質が必要なのじゃ。だが、異なる材質なら何でも良いのか?というと、そんなことはなく、組み合わせにより素性の良し悪しがあるのじゃ。」
T君:「色消しの2枚構成レンズとしては接合型と分離型がありますね。」
博士:「今回は接合型で考えてみたいのじゃ。接合型で色収差と球面収差とコマ収差を補正(収差係数≒0)することを考えると、片方の材質(屈折率とアッベ数)が決まれば、もう片方の材質に求められる屈折率とアッベ数はガラスチャート上で一つの曲線を描くらしいのじゃ(※1)。そこで、この張り合わせレンズのもう片方の材質を、ちょっと気取って今回はbetter halfとでも呼ぶことにするのじゃ。」
T君:「better halfって、もう片方として望ましいものって感じですか?」
博士:「このbetter halfという言葉の語源はなかなか面白いので調べてみると良いかもしれんぞ(閑話休題)。
このbetter halfの曲線を表す式は、球面収差・コマ収差・色収差の関係式を解いて得られるのかもしれないが、面倒じゃな。」
T君:「でもCODE Vでマクロを作れば、その曲線を描けますね。その結果から特徴を理解するのでも良いと思います。」
博士:「張り合わせの凸レンズ材質としてSBSL7を使う場合、前記3つの収差を補正するためには、凹レンズに要求される特性(屈折率とアッベ数)は下図のようになるのじゃ。」
図2: ガラスマップとbetter half曲線
博士(続き):「この赤い曲線上にある材質であれば、1次の色・3次の球面収差・コマ収差に関しては同等に補正される・・・が、それ以外の素性も同じというわけではないのじゃ。たとえば、
(a)SNSL36
(b)SNBH55
は、いずれもほぼこの曲線上の硝材じゃが(図2の緑枠)、C-Fでの色消しと焦点距離に関する制約条件を揃えて最適化(下記設定)した場合の収差図を見てみるのじゃ。」
aut;efl = 100;ax w1..3= 0;go
T君:「3つの面の曲率半径を設計変数として、焦点距離と色収差補正の条件を満たすために2つが使われて、残りの一つの自由度で収差をバランスさせていることになるんですかね。」
図3:(a)と(b)の収差図
T君:「光軸近傍の様子は一緒ですけど、瞳の座標が高いところだと傾向が異なりますね。」
博士:「その理由を考える上で、凸レンズと凹レンズ、それぞれのパワーを見てみるのじゃ。」
T君:「はい。単レンズの焦点距離は・・・あれ?部分系の焦点距離を参照しようと、wri (efy s1..2) (efy s2..3)を実行してみましたけど、両方とも焦点距離が正になっていますよ。後側のレンズは明らかに凹レンズなのに・・・。」
博士:「参照しているレンズ面の外側が空気ではない場合、その屈折率も考慮されてしまうのじゃ。張り合わせレンズの夫々の焦点距離は、以下のFAQで紹介されているUDFを使うと計算できるのじゃ。」
SolvNetPlus掲載資料
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T君:「なるほど。普通に(EFY Sj..k)で大丈夫と思っていましたが、そんな注意が必要だとは・・・下の表は焦点距離で見ていますが、随分違いますね。SNSL36と組み合わせた方(a)が、凸レンズで3倍程度、凹レンズの方は5倍もパワーが強いです。」
各レンズの焦点距離 |
(a)SBSL7-SNSL36 |
(b)SBSL7-SNBH55 |
凸レンズ |
18.22 |
53.41 |
凹レンズ |
-22.00 |
-114.31 |
表1: 凹レンズ材質の違いによる焦点距離の違い
博士:「色収差を補正するためには、
図4:色消しのためのパワー計算式
を満足する必要があるのじゃが、(a)の方は、硝材のアッベ数が近い(ν1とν2の差が小さい)組み合わせのために、正レンズと負レンズのパワーが非常に強くなってしまうのじゃ。」
T君:「なるほど。better halfの中にも”よりbetter”な解があるということですかね・・・ん??でも、色収差を補正しつつパワーを弱くするためには、二つの硝材のアッベ数の差を大きくするなら、凹レンズにはbetter half曲線よりも右側のものにすれば、アッベ数の差をさらに広げられますけど?
たとえば、(c)SNPH1を凹レンズに使うとどうですかね?」
図5:(c)の収差図
T君(続き):「うーん、(b)よりも悪いみたいですね・・・。」
博士:「もちろん収差図で比較するのが良いのじゃが、一目で違いを見るために、この後出てくる2パターンも併せて、AUTの評価関数で比較すると表2のようになっているのじゃ。」
凹レンズの材質 |
Nd |
ν |
(aut.erf) |
(a) SNSL36 |
1.5174 |
52.4 |
72.3 |
(b) SNBH55 |
1.8000 |
29.8 |
20.7 |
(c) SNPH1 |
1.8081 |
22.8 |
51.4 |
(d) STIM25 |
1.6727 |
32.1 |
21.8 |
(e) SLAH98 |
1.9538 |
32.3 |
45.6 |
表2:SBSL7の凸レンズと組み合わせる凹レンズの材質
A君:「へー。アッベ数の差が大きいほど良いとはならないんですね。じゃあ、屈折率の方もそうですか?たとえば、曲線上の硝材(STIM25,Nd=1.6727,ν=32.1)(d)と、アッベ数が同じでもっと屈折率の高い硝材(SLAH98,Nd=1.95374,ν=32.3)(e)を凹レンズに使った場合です。この場合、アッベ数は同じだから、二つの単レンズの焦点距離は(d)と(e)でほぼ同じですね。一般には屈折率は高い方が収差補正に効果が高い筈なので(e)の方が良好になるような気もします。」
博士:「さにあらず。(d)と(e)の収差図は下図のような感じで、(e)SLAH98と組み合わせた場合は、コマ収差が出ているのが分かるのじゃ。」
図6:(d)の収差図
図7:(e)の収差図
博士:「張り合わせレンズで材質が決められると、自由度は3つ(の曲率半径)しかない(厚みはあまり効かない)ため、焦点距離、色収差、球面収差に目標を与えると、コマ収差の制御まで手が回らないのじゃ。」
T君:「つまり、コマ収差の様子は、材質の組み合わせで決まってしまうわけですね。」
博士:「因みに、Hartingの表というのを知っとるかな?張り合わせレンズで、色収差・球面収差・コマ収差が補正されるための形状(曲率半径、レンズ厚)と材質(屈折率と分散)を表から求めることが出来るものじゃ。前記した曲線は薄肉の場合のものじゃが、ほぼHartingの表と一致するのじゃ。」
T君:「Hartingって100年以上前の人ですよね。先人たちの苦労が偲ばれますね。」
博士:「ところで、一般にレンズのベンディングというと、単レンズの焦点距離を一定に保ちつつ両面の形状を変えて収差を変えることを言うのじゃ。この応用で“張り合わせでベンディング”を考えることもできるということじゃ。」
T君:「なるほど。色消し条件から各レンズのパワーは決まるので、R1を決めればR2が決まりR3も自動的に決まるわけですね?」
博士:「その通りじゃ。R1を振ったときの球面収差とコマ収差がどうなるか見てみるのじゃ。」
図8: 色消しでベンディングしたときの球面収差とコマ収差
T君:「横軸が第1面の曲率で、縦軸に球面収差(SA)とコマ収差(TCO)をプロットしました。単レンズベンディングと同じように、球面収差は2次曲線でコマ収差の方は1次的に変化ですね?」
博士:「うむ。ただ、単レンズとは異なり、二つの材質の組み合わせによっては、球面収差の曲線が横軸と接したり交わったりする場合もあるのじゃ。」
T君:「球面収差が0となる位置とコマ収差0になる位置が上手く一致することもあれば(d)、ずれたりもするんですね(e)?」
博士:「そのため、”材質を適当に入力しても形状の最適化でなんとかなるでしょ?”という方針では、上手く行かないのじゃ。」
T君:「 “材質を全て仮想ガラスとして最適化”という怠けた・・・もとい手軽な方法ではなく、こういった、張り合わせ色消しで片方の材質を決めるともう一方の材質を提案してくれる(※2)というのも、AIとは違いますけど、設計者の経験蓄積にも繋がるし便利かもしれませんね。」
博士:「今回は”張り合わせ”の場合じゃったが、分離型のダブレットにすると自由度が増えて、どんな材質の組み合わせでも色収差・球面収差・コマ収差の補正が可能になるのじゃ。」
T君:「じゃあ、分離型にしましょうよ!」
博士:「すべての面で分離型が接合型に勝るというわけではないことにも留意しておく必要があるのじゃ。大竹氏のブログ(ダブレットの設計 )でも書かれているのじゃが、”接合の方が透過率や製造性の面からは有利”なのじゃ。」
次回につづく・・・。
(※1)『レンズ設計のすべて』辻定彦、電波新聞社
(※2)ただし、張り合わせレンズが単体ではなく光学系の一部に使われる場合は、必ずしも、その張り合わせレンズで色消しをするのが最善とは限らないこともあるようです。
SolvNetPlus掲載資料
2017 CODE V ユーザーグループ (synopsys.com)
“色収差補正の基礎とテクニック(Color Correction Fundamentals and Techniques)”の一番最後の比較
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