著者:日本シノプシス オプティカルソシューション アプリケーションエンジニア A君改めT君

公開日:2024年7月26日

日本シノプシスに所属しているCODE Vアプリケーションエンジニアによる連載コラムです。

以前に執筆者がC社にて連載していた「A君のレンズ設計者物語」の続編となります。

本編も読みやすく、わかりやすく、親しみやすくを心がけて執筆していきます。

【登場人物】

博士:CODE Vについても造詣が深くT君も知らない裏技的なことを時々教えてくれる収差論の大家

T君:CODE Vの機能は十二分に使いこなせるが、その分、理論的な部分を軽くみている若手技術者

 

ご感想、ご質問等がありましたらお気軽にこちらまでお願いします。

 

第3回は撮影した写真の写りが悪いとT君が博士に愚痴っています。そこで博士が偏心収差論(の要点)やCODE VのSNS(面のティルト敏感度)という機能を紹介し、製造誤差の影響や感度低減設計の様子を説明しますが、果たしてT君の写真の写りが悪い原因は???

それでは連載の第3回目を始めていきます。


T君:「博士、この写真を見てくださいよ。この間買った超望遠のデジタルカメラで、家の中から外の鳥を撮ったんですけど・・・」

cvtlog3-1.png

博士:「ほう、日本の国鳥、雉じゃな。ちょっと写りがわるいようじゃが・・・」

 

T君:「ですよね!買ったばかりなのに不良品じゃないですかね?でも、その前の日にはきれいに撮れていたから・・・軽くレンズをぶつけちゃったんですけど、光軸がずれてしまったとか?」

 

博士:「そういうことの解析には偏心収差論がうってつけじゃ。偏心収差論を使うと、レンズ系にもし偏心が生じるとどうなるかを解析できる。CODE Vにも波面微分法による公差解析(TOR)が用意されているね。どちらも、製造誤差の影響解析に使えるが、設計状態のパラメータのみから計算されるので高速じゃ。」

 

T君:「TORはCODE Vの売りの一つですね。TORでは、評価指標としての波面収差やMTFなどに関して、“各パラメータに設定されている公差に対応してどれくらい性能が劣化するか”が分かりますもんね。」

 

博士:「うむ。ただ、個々の出力を見れば、どのパラメータの敏感度が高いかは分かるが、その性能劣化の原因(生じる収差の種類)は分からないのじゃ。」

 

T君:「そこで偏心収差論、ということは、手と頭~の紹介ですね。」

 

博士:「偏心収差論では、各面に偏心誤差が生じると収差がどのように変化(性能劣化)するかが分かるのじゃ。たとえば『手と頭とCODE Vを使ったワークショップ』では、レンズ系のどの面に製造誤差があるかを探るパートもあるくらいじゃ。左図のようなレンズの設計値があっても、レンズ系として組んだときに『どこかの面が偏心しているみたいで、偏心コマが大きく出ています。片ボケもあって、メリジオナル像面が倒れていますが、サジタル像面はあまり悪くなっていません(下図右側)。どこの面が原因か見当がつきますか?』と言われたら、どうする?」

T君:「それは・・・CODE Vで各面に偏心設定を与えてみて、収差図やスポットダイアグラムとの対応で探るしかないですよね?」

 

博士:「もちろん、正確な解析にはそういった方法が一番じゃが、各面の偏心収差係数として下表のようなものだけ用意しておくと、『ふむむむ、大きな偏心コマ(Ⅱs)・・・メリ像面の倒れ(Ⅳs1)も大きい・・・サジ(Ⅳs2)はそうでもない・・・わかりました!原因は第3面の偏心です!』とか言えると格好良いじゃろ?」

T君:「そうですね!『さすが設計者、素性をよく理解している!』と驚かれるかもしれませんね!」

 

博士:「さらに、偏心収差係数はユーザー定義関数として扱えるので、自動設計で使えば感度低減も可能じゃ。その例もあるので見てみようかの。」

 

T君:「顕微鏡対物レンズですか。高性能なレンズですので公差も厳しそうですね。」

 

博士:「TORで解析してみると、Y方向の偏心に対しての性能劣化が大きい様子がわかるのじゃ。」

博士:「ただ、TORでは性能が劣化することは分かるが、その原因は分からない。偏心収差係数を見てみると、その正体が偏心コマという予想がつくのじゃ。で、確認のため、左図が設計値、右図がS9..11を一体でY方向に0.025mmシフトした状態じゃ。」

T君:「なるほど。偏心の影響で軸上画角でもコマ収差が出るんですね」

 

博士:「そこで、これらの群の偏心コマ収差係数が小さくなるように最適化することを考えるのじゃ。なお、最適化では、設計性能の向上ではなく、誤差感度低減を目的として、3つの面を非球面にしてその6つの係数だけを変数としている。同じ条件(公差値はデフォルト)のTORで、元レンズデータと最適化後の製造後性能を比較したのが下図じゃ。」

T君:「あ!設計性能は下がっているのに、製造後性能は逆に上がっている!面白いですね。非球面と言えば普通は設計性能を上げるために使うと思っていましたが、偏心コマ収差が小さくなるように制御できているわけですね。」

 

博士:「偏心コマ収差は、低次の偏心収差で画角依存性もないため、画面全体に生じる。そのため、製造誤差における影響が大きいのじゃ。」

 

T君:「なるほど!大事なパラメータですね。そういえば、CODE Vの基本機能でも、偏心コマを制御する方法がありますよね?」

 

博士:「(SNS Sk)じゃな。あれはシフトではなくティルトに対してなので、若干傾向は異なるが、もちろん感度低減には効果があるのじゃ。」

 

T君:「(SNS)の効果を実際にみてみました。顕微鏡対物レンズ(microscp.len)で、各面の(SNS)の値と、各面にティルトを与えたときの横収差の様子も見てみたのが以下の図になります。」

T君:「なるほど!実際にティルトしたときの偏心コマ収差は (SNS)に比例しているように見えますね!」

 

博士:「(SNS)が意味するものが分かったから、AUT中で(SNS)を使っての感度低減効果も見ておこう。以下では、二つの自動設計を行っているが、違いは、SNSコンストレインツの有無だけじゃ。」 

T君:「むむっ!今度も、概ね設計性能は悪くなるけど、製造後性能が良くなるという結果ですね。確かに、設計状態から計算される(SNS)が、実際に偏心したときの偏心コマの発生具合を表しているのが分かったし、自動設計でも使えるなんて、 (SNS)良いじゃないですか!なんでもっと推さないんですかね?」

 

博士:「どんなレンズ系にも効き目があるわけではないからかな。特にFナンバーの小さい明るい光学系や、偏心による性能劣化で偏心コマの影響が大きい光学系では効果が望めるが、偏心収差の発生状況はレンズ系によりまちまちじゃからかもしれんな。」

 

T君:「ふーん、なるほど!偏心の解析も面白いですね。」

 

博士:「どんな場合にも効く万能的な感度低減法はなかなか難しいが、レンズの特性を考えて、その誤差感度低減を図ろうとするならば、高い効果が望めるという話じゃ。それに(SNS)はかなり古くからある機能じゃから、皆忘れてしまっているのかもしれんな。新しい機能の方が良い筈だという思い込みもあるやもしれん・・・。」

 

T君:「そういえば、最近はアナログ復権なのか、フィルムカメラも新発売されて、かなり人気があるみたいですね。あぁ、久しぶりにフィルムで撮ってみたくなりました。・・・で、僕の写真の話に戻ると、絵を見ると画面全体の性能が劣化しているようなので、偏心コマが原因ですかね?」

 

博士:「まあ、待ちなさい。軽くぶつけた程度で、そんなに簡単にレンズがずれてしまうのも考え難いな。」

 

T君:「じゃあ、何が原因なんですか?」

 

博士:「そうじゃな・・・家の中から外を撮ったということは、窓越しかな?窓を開けてみたらどうじゃ?」

 

T君:「ん?そんなの関係ないと思いますけど・・・開けて撮ってみたら・・・!」

cvtlog3-10.png

T君:「あれれ?きれいに写りました!これは一体???・・・」

 

博士:「住宅用の窓ガラスの表面精度は0.*mmのオーダーらしいから、光学部品と比べれば、まるでグニャグニャじゃ。表面だけでなく、ガラス内部も脈理と呼ばれる屈折率のムラがあるのじゃ。」

 

T君:「確かに、窓越しに頭を動かすと、外の景色が少し揺れたり歪んだり見えることもありますよね?」

 

博士:「超望遠ということは、入射光線の径もかなり大きくなり、窓ガラスの使用面積も大きくなる。その影響の可能性が大じゃ!」

 

T君:「普段使ってるスマホカメラだと広角レンズだから、窓ガラスの影響も小さいんですね。CODE VのIMSでやってみましたよ。超望遠ズームのところは理想レンズにして、その前の窓ガラスとして平板にランダム面形状誤差をINTデータとして貼り付けてみました。確かに、ランダムな面形状誤差があると、入射瞳の小さい広角では影響しなくても望遠だと目立って劣化しますね。最初の雉の写真っぽい感じも出てます!」

博士:「さらに、窓ガラスでは反射防止コーティングもないから、フレネル反射した光も本来の像の近傍に形成されてしまい、ぶれたような画像になるのじゃ。」

 

T君:「あっ、確かに!窓ガラスの位置を変えたら、ゴーストっぽい絵になったこともありました。しかも、その窓はペアガラスになっているので、非光学面が4面あることになるんですね!」

 

博士:「どうやら、それが原因のようじゃな。」

 

T君:「なるほど・・・結局、今回の写真の写りの悪さには偏心収差論は関係なかったみたいですね?」

 

博士:「うむ。じゃが、製造誤差を考える際の役に立つことは間違いないのじゃ。」

 

T君:「その辺りは、『ワークショップにご参加ください”ということですね(笑」

 

原因がわかって良かったですね。次回に続く・・・。

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